◆ 女児救えたか 機器承認に壁
臓器移植を待ってた子供臓器を提供する側になったってだけでも泣ける話やのに、こんなのを聞くと泣けるより、腹が立ってくる。
心臓移植までの間、低下した心機能を補い、患者の命をつなぐ補助人工心臓は、海外で使用可能な医療機器なのに日本で使用できない「デバイス・ラグ」の象徴とされてきた。特に20キロ未満の子供が安全に使える小児用補助人工心臓は、今も国の承認を得られていない。重い心臓病「拡張型心筋症」を患い、心臓移植に生きる望みを託しながら13日に大阪大病院で脳死と判定された6歳未満の女児は、そんな「デバイス・ラグ」の犠牲者でもあった。
「ドラッグ・ラグ」に「デバイス・ラグ」と、ほんま厚労省は何やっとるんやろね。
「薬害エイズ」だの「薬害肝炎」だのって叩かれたから、何もせんかったら責任取らんでええとでも思ったか?
東京大病院、大阪大病院、国立循環器病研究センターで承認に向けた治験が始まったのは平成24年。治験を統括する東京大の小野稔教授(心臓外科)によると、結果は上々で1年以上の使用に耐えられるとの見通しが出ており、今夏の承認が期待されている。
この夏には承認予定やったんか…
小野教授は「小児用補助人工心臓が承認されていれば、すぐに取り付けることができた。治験がもう1年早く始まっていれば、女児は救われていたかもしれない」と指摘。
って言われてもなぁ。
それは誰のせいなん?
日本小児循環器学会前理事長で東京女子医大の中西敏雄教授(循環器小児科)は「女児はデバイス・ラグの犠牲者であり、臓器移植に対する社会の理解が進まないことの犠牲者でもある」と話した。
「デバイス・ラグ」と臓器移植に理解の社会のせいと。
「デバイス・ラグ」は厚労省がちゃんと仕事したらええだけの事やから、どうにでもなるけど、「臓器移植」はなぁ。
個人的には、自分が臓器移植してまで生き長らえようとは思わんけど、死んだら生ゴミやと思ってるんで、自分の臓器で使えるもんがあったら、それを切り取るのは好きにやってくりゃええと思ってる。
ただ、我が子となるとなぁ。
自分の臓器はそう思えても、亡くなった我が子を切り刻むってのは、やっぱり複雑やろな。
<6歳未満女児脳死判定>両親の談話全文
娘がほぼ脳死状態にあると分かった時に私たちは、心臓移植待機中のことを思い出しました。国内では臓器提供が少ない現状を強く感じておりましたので迷わず娘の臓器を、移植待機されているお子様やそのご家族様のために提供したいと申し出ました。私たちは娘が発病してからの3カ月間、暗闇の中にいました。同じようなお気持ちの方に少しでも光がともせられたらと思っております。
娘の体にまだ温もりが残ってるのに、こういう事が言えるってのは、ほんま凄い。
オカンとかツレとか、何人か見送ったけど、見てるだけじゃ「死んだ」って実感わかんねんなぁ。
触ってみると、ビックリするほど冷たいんで、そこで「死んだ」ってのをちゃんと理解するんやけど、脳死はそれがないから、ほんま辛いやろな。
しかも、6歳未満。
我が子が闘病してたのを知ってるから、他で苦しんでる子供や家族の為にって事やけど、結局子供(8歳女児)に移植されたのは、肺の片側だけ。
肺のもう片側は50代の女性やし、腎臓は40代と60代の女性。
何で子供に移植してやらんの?
ちゅうか、60代の人間に6歳未満の腎臓ってなぁ。
古びた体にピカピカの腎臓やる意味が分からん。
ちゅうか、60年以上も生きて、まだそこまでして生きたいか?
他人に譲ってやれよ。
ほんま、年取ったレシピエントってのは理解に苦しむ。
臓器移植にゃ反対せんけど、こういうのは、ほんまに嫌ですわ。
年齢制限つけてくれんか?
何にしても、この少女が亡くなったのは、「臓器移植に理解のない社会」って事なんで、その社会の構成員であるオイラにも責任の一端があるけど、そういう「社会」を変えるのは難しいので、そっちを目指すよりも、もっと「再生医療」に力を入れて欲しいもんです。
そうすりゃ、「社会」に関係なく救えるようになる。
「臓器移植」ってのは、誰かが死ぬのを待つ医療やから、どうしてもそこに複雑な感情が入ってくる。
それは、なかなか解消されんで。
オイラも自分が提供する側になるのは抵抗ないけど、提供される側になるってのは絶対嫌やし、ええ年して他人の臓器(死)を待ち望んでるってのはどうかと思うもん。
自分以外の身内の臓器となると、提供するのも複雑やろうし…
という事で、「臓器移植」は「再生医療」が確立するまでの、緊急避難的な措置って位置づけでお願いします。
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