◆ 弥生時代後期の硯片 福岡で出土

これで邪馬台国九州説が盛り上がるんやろうけど、個人的には、そっちよりも気になったのが…

※個人的には「邪馬台国」は、日本を下に見てた魏の人間の当て字なんで、「邪馬台国=大和」で畿内説を信じてる。

福岡県糸島市教委は1日、同市の三雲・井原遺跡で、弥生時代後期(1〜2世紀)とみられる硯(すずり)の破片が出土した、と発表した。同遺跡は「魏志倭人伝」に登場する「伊都(いと)国」の中枢遺跡。外交上の文書のやりとりを実施したとする記述があり、同市教委は「文字を書くために使った」とした。これまでは国内での文字使用は3世紀ごろともされてきた。今回の発見は日本における文字文化の始まりを考える上で貴重な成果といえる。

「文字を書くために使った」ってとこな。

弥生時代の硯が確認されたのは今回で2例目。田和山遺跡(島根県)で出土していたが、権威の象徴とみなされていた。

前の発見じゃ「権威の象徴」やったのに、何で今回は「文字を書くため」になったんやろな。

「外交上の文書のやりとりを実施したとする記述があり」だけじゃなぁ。

ちゅうか、文字を使ってたとしたら、日本に弥生時代後期には「文字」があった事になるんやけど、現存する最古の書物が古事記なわけで、これが712年。

オイラはこう習ったけど、現存する最古の書物は…

三経義疏

『法華義疏』は伝承によれば推古天皇23年(615年)に作られた日本最古の書物となる。

って事らしいけど、これでも615年。

最古の木簡でも…

人名・身分…戸籍記した最古の木簡 太宰府で発見

出土した木簡は(1)701年に「評」が「郡」に変更された(2)685年に「進大弐」の冠位使用が始まった――を理由に、市は685〜701年の作成とみている。

685年。

弥生時代後期から4、500年ほどの文字が見つかっとらんけど、ひょっとしたどっかに残ってるかもしれんな。

天皇陵を発掘調査させてくれりゃ、何かしら見つかるような気がするんやけどなぁ。

宮内庁がさせてくれんのやけど、日本のルーツを知る為に許可してくれんかね。

それか、中国で日本からの文書を探すか。

魏志倭人伝一冊で「あぁでもない、こぉでもない」ってやってるより、こっちの方が早いし、確実なんやけどなぁ。

神代文字

神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)とは、漢字伝来以前に古代日本で使用されたとされる文字の総称である。

てな話もあるし、天皇陵には色々とそれを解く鍵が眠ってると思うんやけど…

「天皇の墓を暴くのはけしからん」ってのも分かるけど、日本の成り立ちを知るってのは、日本人にとっちゃ一番重要な事とちゃう?

徳川家の墓は調査した事もあるんやから、天皇陵も発掘調査させてくれんやろか?

発掘調査をして何も見つからんかったら、ただ天皇陵を破壊しただけって事になるけど…

何にしても、「弥生時代に文字があった」なんて聞くと、ますます「日本誕生の謎」ってのが知りたくなるんで、是非とも天皇陵を発掘調査して欲しいもんです。




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天皇陵の謎


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