真央銀、ソチこそ金でうれし泣き
バンクーバー冬季五輪フィギュアスケート・女子フリー(25日=日本時間26日、パシフィック・コロシアム)涙が止まらない−。女子フリーで、ショートプログラム(SP)2位の浅田真央(19)=中京大=はトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を2度成功させ131.72点。五輪史上初めてSPで1度、フリーで2度の3回転半を決め、合計205.50点の自己最高得点を記録したが、金妍児(19)=キム・ヨナ、韓国=が合計で自己の世界最高得点を更新する228.56点で金メダル。真央はライバルに届かず銀に終わり、悔し涙にくれた。金の夢は14年ソチ(ロシア)五輪で果たす!!
銀色のしずくが、ほおをぬらした。金妍児を上回れず、滑走直後のテレビインタビューで真央は「ホントに長かったというか、あっという間でした」と話すと肩をふるわせ、約30秒絶句。表彰式では笑顔を取り戻したものの、リンク裏で再び号泣した。会見でも「悔しい。自分の演技がパーフェクトにできなかった」と唇をかみしめた。
SPでつけられた4.72点差を逆転しようという滑走直前、掲示板にはすぐ前に滑り終えた金妍児の世界最高得点「228.56」が表示された。心の眼はつぶっていても地鳴りのような歓声で何が起きたか想像できる。ラフマニノフの「鐘」の重厚な調べに乗り、冒頭の3回転半を完ぺきに決め、続く3回転半の連続ジャンプも着氷。優雅なスパイラルを見せたが、そこから五輪の魔物に足を取られた。
中盤の3回転フリップでよろけ、得意の3回転トーループは直前に氷にエッジをとられ跳べず1回転に。「後半になるにつれ緊張を感じた」。演技を終え高く掲げた両手をぐったりと下げた。
205.50点の自己ベストは出したものの、23.06点差の完敗。それでも92年アルベールビル五輪銀であこがれの伊藤みどりさんを上回る、2度の3回転半をフリーで決めた。SPと合わせ3度の成功は五輪史上初。苦しみ続けた高難度ジャンプが、最高の夢舞台で華やかに決まった。
厚さ4ミリの刃に体重の3倍以上の力がかかる3回転半に挑むには、強靭(きょうじん)なパワーの一方、より細い回転軸が必要となる。真央の体脂肪率は7%前後。18歳以上の女性が10%を切ると将来の妊娠にも影響が出るが、それを承知の上で真央は3回転半を突き詰める道を選び、昨年から2キロ近く体を絞った。
競技前の“勝負食”という焼き肉も、実は1食に食べる量は多くて3切れ。五輪代表権がかかった昨年12月の全日本選手権の2週間前。3回転半に行き詰まった真央が初めて「もうできない」と号泣し、姉の舞(21)らが台湾料理店に連れ出した。「好きな物を食べていいよ」。舞の言葉に真央が選んだのはそんなときでもおかゆとスープ、野菜いためだけ。無邪気な笑顔の陰に、とてつもない努力と、犠牲にしてきた19歳の普通の幸せがある。
誕生日が20日違いの金妍児とのライバル対決。互いに自己ベストを出した究極の頂上決戦を制した金妍児は、五輪を“卒業”する可能性が高い。だが真央は金の夢をあきらめない。「4年後にまた出たい。悔いは残るし悔しい思いはあるけど、五輪の雰囲気はすごくいいなと思いました」。涙の物語がハッピーエンドへの“序章”に変わる日が、4年後のソチで必ず来る。
(サンスポ)
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