秋田連続児童殺害事件公判
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《裁判長は量刑理由を述べ始めた》
裁判長「被告に斟酌すべき事情としては、次のものがある−」
《法廷内に緊張が走り、傍聴者がいっせいに席から身を乗り出す。裁判長は、鈴香被告が彩香ちゃんに抱き続けてきたとされる潜在的殺意を否定した》
裁判長「彩香ちゃん殺害は、(鈴香被告の)父親の介護、自らの体調不良、母子家庭の不安など、被告の責めに帰すことはできない事情により、精神の安定を欠く状況を背景に、衝動的、突発的に敢行された」
《ここで裁判長は一呼吸置いた。彩香ちゃんへの育児放棄が常態化し、愛情を注がなかったとされる、検察側が描く鈴香被告の母親像に疑問を呈す》
裁判長「身体的虐待を加えておらず、養育を著しく放棄していない。常時ではないが、彩香ちゃんに関心を持ち、養育に努めようという姿勢も示し、死を常に強く願っていたとは認められず、虐待の末の犯行ではない」
《裁判長は、続けて豪憲君殺害に言及。彩香ちゃんへの殺害の記憶は不十分だったと認定し、“通常の連続殺人”ではないとした》
裁判長「豪憲君殺害時、被告は彩香ちゃん殺害を十分認識していなかったというのも事実。悪質性は減じられる」
《豪憲君の母親はうつむいて泣き続け、父親は鈴香被告を虚ろな目で眺めている。対照的に鈴香被告の弟は、瞬きもせず姉を険しい目で見つめ続ける》
《さらに裁判長は、彩香ちゃん事件の残虐性を否定した》
裁判長「(豪憲君事件に比べ)彩香ちゃん殺害が比類ない残虐性を備えたものとは断定できない」
《豪憲君の遺族に対する侮辱とも受け取れる「鈴香日記」についても、反省の態度が見られないとする検察側の見解を否定した》
裁判長「(日記)全体を通じて不穏当な言葉はなく、遺族に見せる意図もなかった。当該部分を強調することは相当ではない」
《続けて裁判長は、鈴香被告の前科前歴がないことや、精神鑑定の結果、鈴香被告の教育による更生の可能性を示した。そして判決理由のまとめに入った》
裁判長「被告には死刑を適用して、その生命をもって贖罪させることも考えられる」
《裁判長は「死刑」、「生命」という言葉に力をこめた》
裁判長「しかしながら−」
《再び静かな声に戻った》
裁判長「『死刑のほかない』と断じることは躊躇せざるを得ず、贖罪のため全生涯を捧げることを求め、無期懲役に処するのが相当」
《裁判長は鈴香被告に起立を促すと、控訴期間などの説明を行った》
裁判長「判決は以上です」
《裁判長の閉廷の言葉が言い終わらないうちに、鈴香被告が言葉をかぶせた》
鈴香被告「一つ、いいですか」
裁判長「何ですか?」
《鈴香被告はか細い声で続けた》
鈴香被告「今まで米山さんに謝罪していないので」
《そう話すと、鈴香被告はピンクのサンダルを脱ぎ、傍聴席に座る豪憲君の両親の方を向いた》
鈴香被告「大事なお子さんを奪い、申し訳ありませんでした」
《それから正座して土下座をし、床に頭を押し付けた。想定外の出来事に法廷内の空気は変わり、傍聴者の視線が鈴香被告に集中した。裁判長は声をかけることもなく、冷静な表情のまま。土下座は30秒あまり続いたが、警務官が手を動かして立つよう促すと、被告は立ち上がった。顔は紅潮し、目は潤んでいるように見えた》
《午前11時32分、鈴香被告が法廷を去る。背筋を伸ばし、表情はない。傍聴席の豪憲君の両親は、“誠意”をみせた鈴香被告に対し、1度も視線を送ることはなかった》
《だがその後、無期懲役判決への悔しさがこみ上げるのか、豪憲君の母はみるみる顔を紅潮させ、何度もしゃくりあげた。抱えていた豪憲君の遺影を自分に向けて裏返し、抱きしめるかのように胸に強く押しつけた。その右隣で、父は放心したように宙を見つめ、時折、静かに目を閉じた》
《午前11時36分。豪憲君の両親が力なく立ち上がる。うつむく父の後に、真っ赤な顔ですすり泣く母が続いた。法廷の扉をくぐるときは、2人とも法廷の方に向き直って小さく一礼。気丈なふるまいをみせた》
《午前11時37分、裁判長と裁判官が退廷した》
《昨年9月12日に初公判が開かれてから半年が経過した。判決までの14回の公判で、果たしてどの程度事件の真相に迫れたのだろうか。判決では鈴香被告の殺意が認められたが、被告自身は公判を通じて、事故だと主張をし、殺人だと認定された場合は控訴する意思を示してきた》
《その言葉通り、弁護側は判決直後に控訴の手続きを始めた。検察側も判決には不服の様相だ。罪のない2人の子供が相次いで殺害され、世間に大きな衝撃を与えた秋田連続児童殺害事件。審理の舞台は高裁に移ることになる》
(完)
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