◆ 日本人3氏 ノーベル物理学賞
「日本人3人」って言うてるけど、1人はアメリカ国籍なんやけどな。
特許訴訟の時に、どうかと思うって話を書いたけど…
2005年1月13日の日記
この騒動で、「日本を見限った」とか言うてたんで、この人は日本人としてカウントせんでもええんちゃう?
本人も嫌やろ。
まぁ、娘婿の二代目社長もアレな人やったんで、この騒動は日亜化学自体も褒められたもんやないけど…
創業者とは良い関係やったんで、代替わりせんかったら、こんな騒動もなく、日亜化学でノーベル賞やったのにな。
ほんま、アホな事をしたもんです。
まぁ、この騒動がなかったとしても、中村氏は、化学反応炉を自作するような、とんでもない人なんで、元々組織に収まるような人やないから、いずれ出て行ってたかもしれんけどな。
ただ、創業者の支援があったからここまで来れたのは間違いないわけで、もっとそっちを前面に出しゃええのにと思う。
赤崎教授なんかも「支えてくれたみんなのおかげ」って言うとるのに、この人だけが「俺が、俺が」やもんなぁ。
娘婿に対する怒りは分かるけど、そっちを前面に出し過ぎですわ。
ちょろっと、創業者に対する感謝も述べてるけど、こっちを前面に出しときゃ「いい人」にしか見られんのにねぇ。
何か、ちょっと残念です。
個人的に、青色LEDの歴史とオイラのエンジニアやった時期がかぶってるんで、青色LED開発の苦労は、多少知ってるんやけど、この「高輝度青色LED」の登場は、ほんま革命的やったし、「これで白ができるやん」って当時喜んだのを覚えてるわ。
ただ、あまりにも高いから、使えんかったんやけどな。
赤が1個1円せんのに、青は100円近くしたもんなぁ。
高輝度青色LEDは、当時、シャープと豊田合成が一歩リードしてたんやけど、日亜化学がそれを上回るもんをつくって、それで高輝度青色LEDが「明るさ」って面で実用化レベルになったんやけど、日亜化学が製品化する時の技術の特許を独占してたんで、それで値段が下がらん要因になってたんやけど、代替わりした娘婿が、この特許で泥沼の特許紛争を始める。
窒化ガリウムを使った方式は、赤崎教授と天野教授が発見してたんやけど、量産化が難しかったのを中村氏が量産化の技術を開発して、この量産化の部分のほとんどを日亜化学が特許取ってたんですな。
この時、一番標的にされたのが豊田合成で、特許紛争も日亜化学が勝つんやけど、この時は既に中村氏は退職してる。
それもこれも、日亜化学の娘婿がアレやったのが原因なんやけど、この娘婿に日亜化学が代替わりせんかったら、青色LEDはもっと早く普及してたやろな。
で、中村氏がアメリカに渡って、アメリカの照明会社に非常勤研究員として働く事になるんやけど、娘婿は、この照明会社も訴える。
この訴訟で日亜化学が負けて、今度は逆に中村氏に訴えられる。
結局、これも負けて8億円を払うはめになるんですな。
創業者が生きてたら、こんな事にもならんかったし、日亜化学もすごい評価されてたのになぁ(笑)
まぁ、アレな娘婿の言い分を聞くとまた印象も変わってくるんやけど…
食い違うそれぞれの「真実」 日亜化学工業社長と中村氏 「青色LED訴訟」の深層
これを読むとどっちが正しいか分からんようになるけど、だいぶ刷り込まれてるんで、やっぱり「アレ」って評価は覆らんな(笑)
中村氏の「人間性」も好かんけど…
とにかく、そういういざこざがあって、日亜化学の独占がなくなって、今のLEDランプの普及につながってるんですな。
これがなかったら、10年は早く普及してたやろな。
そんなこんなで、色々あった「高輝度青色LED」やけど、「灯りの革命」って事で、ノーベル賞級の発明やと思うし、受賞も当然やと思うんやけど、この「高輝度青色LED」がノーベル賞なら、そもそもの「高輝度LED(赤、緑、黄)」を発明した…
西澤潤一
西澤教授にもノーベル賞くれたらええのに。
これがなかったら、青どころか、赤も緑もなかったかもしれんのやで。
LEDの高輝度化で十分ノーベル賞やと思うし、本来なら、もっと早く西澤教授がノーベル賞を受賞しててもええと思うんやけどなぁ。
まぁ、「ろうそく」「白熱電球」「蛍光灯」「LEDランプ」と「灯りの革命」って事にならんと、「LED」自体は見向きもされし、LEDランプのほとんどが「蛍光体方式」で青色LEDしか使ってないからなぁ。
青だけが特別視されるのもしゃあない部分もあるけど、何か納得いかんな。
個人的には、この「高輝度青色LED」のノーベル賞受賞にゃ思うとこがあるけど…
まぁ、めでたい事にゃ変わりないか。
何にしても、赤崎教授、天野教授、中村氏、ノーベル賞受賞おめでとうございます。
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青い光に魅せられて 青色LED開発物語
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