◆ 震災で不明 女児の遺骨を発見

5年9ヵ月も経って見つかるとは…

お父さんの執念が起こした奇跡やな。

大熊町のがれきから9日に遺骨が見つかり、DNA型鑑定の結果、東日本大震災の津波で行方不明となっていた同町の木村紀夫さん(51)の次女汐凪(ゆうな)さん=当時(7)=と判明した。大熊町は東京電力福島第1原発が立地し、今も全域が避難区域。避難先の長野県白馬村から捜索に通い続ける木村さんは「娘からクリスマスプレゼントを受け取った気がする」と話した。


泣ける…

ちょくちょくニュースになってたから、ちょっと気にはなってたんやけど、ほんま見つかって良かった。

娘につながる地 手放せない

5年前のあの日、津波が汐凪ちゃん、深雪さん、父の王太朗(わたろう)さんを奪った。家も基礎ごと流された。揺れがあったとき、きむらさんは隣町の職場にいた。自宅にたどり着いたのは夕方。飼っていたドーベルマンが裏の小高い丘から泥だらけで駆けだしてきた。夜通し、3人を探し続けた。

翌朝、原発事故による避難指示が出る。長女と母を連れ、町を離れざるを得なかった。4月王太朗さんが自宅近くで、深雪さんがいわき市沖で見つかった。 だが、汐凪ちゃんは見つからない。 きむらさんは一時帰宅の機会を利用して、2011年暮れから1人で捜索を始めた。長女と暮らす長野県白馬村から大熊町に通う。 往復千キロ。12年6月に買った新車の業務用バンは走行距離が15万キロを超えた。 いま、町の行方不明者は「1」。汐凪ちゃんが亡くなったことは受け入れている。それでも木村さんは死亡届を出していない。事故の直後、捜してあげることができなかった。ちゃんと探し出すまで、死亡届を出すわけにはいかない。そう思うからだ。 3年前から、ボランティアの人たちが手助けしてくれるようになった。1人の時は自らを追い詰めるように感じていたが、少し心が楽になったように思う。 いまは月に数回続けている捜索。かって家族が暮らした場所からは、ジャージーのほかにも五十数点の遺品が見つかっている。小学校の入学式で汐凪ちゃんが着ていた礼服、結婚前に深雪さんとデート中に撮った写真。そして、震災の日に汐凪ちゃんが履いていた靴。

14年1月。この土地が、放射性物質による汚染土などを置く中間貯蔵施設の建設予定地に入っていることを知った。 「何をされても土地を売る気はない。あそこ入れなくなることは考えられない」。5ヵ月後の住民説明会で、木村さんは語気を強めて発言した。環境省の職員は「誠意を持って対応したい」と答えた。


原発のせいで立ち入り禁止になって、探すのも大変やったしなぁ。

ほんま、見つかって良かった。

まだ一部やから探し続けるって言うてたけど、あれからもうすぐ6年やし、全員の骨も見つかった事やし、そろそろ次の人生を歩む事も考えてもええんちゃうかな。

まぁ、そんな簡単に割り切れるもんでもないやろうけど…

何にしても、これで家族全員が揃ったんで、良い年を迎えて欲しいもんです。




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汐凪 ゆうな


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