写真を撮るほど記憶が薄れるらしい…今日この頃。
(゚▽゚*)ナットク!
写真撮るって事が滅多にないけど、経験的にこれは納得するわ。
写真を撮るほど記憶が薄れる
写真やないけど、「メモを取るとその安心感で覚えられへんようになる」ってのが持論やったんで、メモは取らんようにしてたんやけど、ある時、ド忘れした事があって、それ以来メモを取るようにしたら…
メモを取った事すら忘れてるがな(汗)
まだ手書きでメモれば覚えてるんやろうけど、メモをメールで送るようになってからは、もう…
酷いもんです(笑)
それと同じ理屈なんやろな。
残してたら覚えとく必要がなくなるからなぁ。
脳ってのは手抜きをするようにできとるから、必要のないもんで覚える事はないわな。
ヘンケル氏は「個人の思い出のためにデジタル写真を撮っても、整理していなければ、多くの人は写真を見直したり思い出す気もなくなることを、調査結果を示している。記録でなく記憶にとどめるには、写真を撮りためることよりも、撮った写真を眼にする機会を持つ必要がある」と述べている。
脳にこれは覚えとく必要があるって認識させなあかんわけですな。
それにしても、電卓のおかげで計算できんようになって、ワープロのおかげで漢字が書けんようになって、携帯のおかげで電話番号が覚えられんようになって…
便利になればなるほど、自分が劣化していくのを実感する。
たまには「不便」に身を置いて、脳を活性化させる必要があるかもな。
1年に1日ぐらい、「電気」も含めて、文明の利器を一切使わん生活をせんとあかんと思う今日この頃です。
ちゅうか、現代人の「心」が満たされへんのも便利すぎるからなんやろな。
周りに便利なものがあるから、何事も「効率」ってもんが求められて、「結果」のみが重視される。
そうやって、すぐに「結果」を出す事が求められるから、「手間暇」ってのは評価されん。
ようするに「頑張った」ってのが評価されにくくなったから、「心」が満たされへんねんな。
すぐに結果を求めるから、「達成感」ってのも少なくなるし…
やっぱり、人間は「不便」の中でしか成長せんのやろな。
まぁ、どんだけ便利な中にいても自分を律せる精神力があれば、そんな事もないんやろうけど、凡人にゃなかなか難しいからなぁ。
「便利」は悪くないんやけど、その便利に溺れず、便利を有効活用して新たなものを生み出さんと成長せん。
「若い時の苦労は買ってでもしろ」って言うし、山中鹿之助の「我に七難八苦を与えたまえ」やないけど、「不便」とか「苦労」は、やっぱり大事やなぁと思う今日この頃です。
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