<古文書>本能寺の変、仏教界は喝采「信長は清盛の再来」

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<古文書>本能寺の変、仏教界は喝采「信長は清盛の再来」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170204-00000046-mai-soci







如何に当時の坊主が糞坊主やったかが分かる話ですな。

その冒頭に、近江国(現在の滋賀県)出身で京都・東福寺の住持を務めた集雲守藤の別号とされる江湖散人の詩文が引用されていた。詩文は、信長が明智光秀に討たれた本能寺の変の翌月の1582年7月に作られたとみられる。

詩文には「信長は京を鎮護して二十余国を領したが、公家をないがしろにして万民を悩まし、苛政や暴虐は数え切れない」「(本能寺の変で)死亡して人々は拍手し、天下が定まった」といった意味の記述があった。さらに信長について「黒ねずみで平清盛の再来」とする一方、光秀を「勇士」と表現したとみられる記載も見えた。

信長が1579年に築いた安土城に触れ「天守は(高さ)百尺(約30メートル)」「苦役で民が汗を流し、ぜいたくな城を築いた」と解釈できる部分もあった。信長の比叡山焼き打ちにも言及していた。

自分らの悪事は棚に上げて、相手の「悪口」を言うとるんやからねぇ。

そもそも、坊主が「悪口」って…(笑)

清盛にしろ信長にしろ、「逆らうと罰が当たる」っちゅう迷信をええ事にやりたい放題やっとるから成敗しただけの事で、逆恨みもええとこやん。

それで、自分らの行いを反省するどころから、「あいつは悪い」って、ほんま糞坊主ですわ。

そもそも、当時の坊主は「宗教家」やなくて、ただの「武装集団」。

しかも、政治権力に近づいとるわ、「仏罰」「怨霊」「祟り」とかオカルトがまだまだ全盛の時代やから、ほんまタチが悪い。

今の時代の坊主が多少マシなんは、信長が成敗して、秀吉が刀狩りしたおかげ。

これがなかったらと思うと、ほんまゾッとするわ。

今は、守銭奴が多くなっとるけど…

坊主がベンツ乗ったり、ロレックスつけてるって、ほんま意味分からんわ。

まぁ、坊主の本質は今も昔もあんまり変わっとらんのかもな。

世俗を救うんやなくて、世俗に巣食って、我欲を満たす。

「坊主丸儲け」って言葉が全てを表しとるか。

何にしても、アメリカにトランプが登場したように、日本に信長がもう1度登場するかもしれんので、二度とと成敗されんように、坊主は仏教家、宗教家らしくちゃんとして欲しいもんですな。


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