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仮面女子の猪狩ともかが脊髄損傷で車椅子生活に 強風で湯島聖堂の案内板が倒れ下敷きに

TV・マスコミ・漫画・芸能関係
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強風注意報が発令されてるのに出歩かんでもって思うけど、これはついてないな。

それにしても、こんな状態でも前向きになれる精神力は、ほんま尊敬する。

仮面女子・猪狩ともか、脊髄損傷で車椅子生活に 強風で看板直撃

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180507-00000052-dal-ent
地下アイドル・仮面女子の猪狩ともかが「脊髄損傷による両下肢麻痺」となり、今後は車椅子での生活となることが7日、分かった。猪狩がブログで明かした。猪狩は4月に強風で倒れた看板の下敷きとなり、入院中だった。

仮面女子の公式ツイッターには「強風で看板が倒れ下敷きになる事故にあった仮面女子の猪狩ともかですが『脊髄損傷による両下肢麻痺』となり、自分の力で脚を動かす事が困難で今後は車椅子での生活になります」と説明。「退院後は仮面女子として活動を続け、これを事務所も支えていきます。これからも猪狩ともかをよろしくお願いします」とつぶやかれた。

猪狩はブログも更新。「私は歩くことはもちろん、自分の力で脚を動かすことすら出来なくなってしまいました。治る可能性は極めて低く、今後、車椅子での生活を余儀なくされました」と完治は困難とし、「体調、怪我は徐々に良くなり、今は自立した車椅子生活を送れるよう毎日リハビリに励んでいます。退院は今から3カ月後の予定です」と車椅子生活に慣れるためのリハビリを行っているという。

突然の車椅子生活に「私自身、状況を把握、受け入れるのに相当な時間がかかりました」とつづり、「ファンの皆さんに何とお伝えしたらいいか分からなかったこと、そんなことを考えていると、なかなか文章にまとめることができず、ご報告が遅くなってしまいました。ごめんなさい」とファンへ謝罪した。

車椅子生活となったことで、今後の活動についても「絶望しました」と諦めかけたが、周囲の人や、ファンからの励ましで「車椅子の猪狩ともかとしての活動を自然と想像している自分がいました」とつづり「脚が動かなくなっても、車椅子に乗りながらやりたいことはたくさんあります」としっかりと前を向いた。

「仮面女子」って言われても、そこまで言って委員会に出てた東大出身の桜雪とかいうのしか知らんのやけど、人前で飛んだり跳ねたりしてた人が突然車椅子生活になったら、絶望しかないやろうに、よう前向きになれたもんやな。

この精神力は、ほんま尊敬するわ。

猪狩ともかのプロフィール

猪狩ともか - Wikipedia

猪狩 ともか(いがり ともか、1991年12月9日 – )は日本のアイドル。仮面女子及びスチームガールズのメンバー。メンバーカラーは黄色。管理栄養士の資格取得。埼玉県出身。アリスプロジェクト所属。

この猪狩ともかのブログが泣かせるの何の…

猪狩ともか『大切な皆さまへ』
 お久しぶりです。仮面女子の猪狩ともかです。 この度は沢山の方々にご心配をお掛けしてしまい、大変申し訳ありません。私は4/11(水)に強風で倒れた看板の下敷き…
お久しぶりです。
仮面女子の猪狩ともかです。

この度は沢山の方々にご心配をお掛けしてしまい、大変申し訳ありません。

私は4/11(水)に強風で倒れた看板の下敷きになってしまうという事故に遭いました。

その日は強風でした。ニュースになるくらい日本の各地でとても強い風が吹いていたそうです。

私はいつものように歩道を歩いていました。

突然強い風が吹き、建物の大きな看板が倒れてくるのがわかりました。

看板があまりに大きすぎてとっさに避けることはできませんでした。

気付けば看板の下敷きになっていました。

出せる精一杯の声を振り絞って「助けて…!」と口にしました。

その時はとにかく苦しく、早く楽になりたいという思いでした。

それからすぐのことだったと思います。

通行人の方が看板を持ち上げてくださって、救急車に運ばれました。

後から聞いたお話では、看板は建物の敷地を飛び越え歩道全体に覆いかぶさっていた状況だったそうです。

それから緊急手術を受け、ICU(集中治療室)に入院しました。

その後、HCU(高度治療室)を経て現在は一般病棟に入院中です。

主に負った怪我は、

・瞼裂傷

・頭部挫創

・骨折(脚、肋骨、胸椎、腰椎)

そして、

・脊髄損傷

その影響で両下肢麻痺。

私は歩くことはもちろん、自分の力で脚を動かすことすらできなくなってしまいました。

治る可能性は極めて低く、

今後、車椅子での生活を余儀なくされました。

体調・怪我は徐々に良くなり、今は自立した車椅子生活を送れるよう毎日リハビリに励んでいます。

退院は今から約3ヶ月後の予定です。

ずっと心配してくださっている皆さんにまずは早く「私、大丈夫だよ!」って言いたくてもどかしい日々が続きました。

でも私自身、状況を把握・受け入れるのに相当な時間が掛かりました。

なんて伝えたらいいんだろう?

私も時間をかけて受け入れたのに、いきなり【脊髄損傷】という事実を文字にして伝えたとき、応援してくださっている皆さんに更に悲しい思いをさせてしまうんじゃないか…。

自分自身が受け入れることに時間がかかったこと、ファンの皆さんに何とお伝えしたらいいか分からなかったこと、そんなことを考えていると、なかなか文章にまとめることができず、ご報告が遅くなってしまいました。
ごめんなさい。

きっと私自身、これから両下肢麻痺と付き合っていく生活について、知らないことがまだ沢山あると思います。

主治医から私への説明は、

「脚の感覚が戻るのには個人差があるので何とも言えません。とにかくリハビリを頑張ってね。」

とのことでした。

脊髄損傷について無知な私は、

「数ヶ月で治るのかな?」

「復帰のステージは笑顔でファンの皆さんに会いたい!」

「また始球式をやらせて頂ける機会があったら次こそノーバウンドで!」

なんて、ベッドの上で考えていました。

私には【脚が動かない】という未来が見えていなかったんです。

手術から数日後、父と姉と話しました。

姉「治ったら一緒にメットライフドーム行こうね!」

父「お父さんは甲子園も一緒に行きたいな。」

私「また始球式があるとしたらそれまでに治るかな!?」

父「車椅子でも投げられるんじゃないかな?」

私「えー、嫌だよ。治して投げる!」

父「…まぁ今はリハビリを頑張ろう。」

精神科医とも色々お話をしました。

突然 脊髄損傷で脚が動かなくなった患者に対しては、主治医と共に精神科医もつくそうです。

きっと家族や事務所、病院の先生方は私がショックを受けないように細心の注意を払ってくれていたと思います。

周りの反応や発言でだんだんと自分が思っているのと違うと感じたのは、HCUに移ってからのことでした。

その日は母と兄が面会時に来ていました。

本当のことを知ったら私は深くショックを受けるかもしれない。

でも覚悟を決めて質問をしました。

私「脚は治らない可能性の方が高いの?」

母「……うん。」

私「私に隠してた?」

兄「今はまず生きていく為に体調を戻さないとだから。」

私「そっか。」

母「でも先生はリハビリを頑張れば奇跡的に脚が動くこともあるって言ってたよ。それを信じて頑張ろう。」

私は歌も踊りも特別上手くはないけど、ステージに立ってライブをして楽しんでくださる皆さんの笑顔を見ると、またそれで自分が笑顔になって…

ファンの皆さんのおかげで“アイドルの猪狩ともか”でいることができる。

そんな時間が大好きです。

だからもちろん

【ステージ復帰】を目指していました。

でもこの事実を知って…

“歌って踊らなくなる時 = 卒業”

としか考えたことがなかった私は、踊れない猪狩ともかを想像することができなくて。

そんな状態の私に需要はあるのか。

いったい何ができるのか。

絶望しました。

事故に遭うまでこの先ずっと普通に歩けると思っていたし、踊れると思っていました。

急に脚が自由に動かせない、自分のものじゃなくなったような感覚になると思ってもいませんでした。

でも不思議と

“仮面女子としての活動を辞める”

という考えに至ったことは1度もありませんでした。

今後どうしたいか考えたときに

“車椅子の猪狩ともか”としての活動を

自然と想像している自分がいました。

そう思わせてくれたのは

支えてくれる周りの全ての人でした。

「車椅子に乗っていたって人を幸せにしたり喜ばせたり、誰かの希望になることは出来るよ。」

「ともちゃんは人を楽しませる、幸せにすることのできる子だから、どんな形であってもそれを続けてくれたら嬉しい。」

という家族の言葉。

「車椅子に乗って色んな場所行こうね!いっぱい遊ぼう!おばあちゃんになっても!!」

という友達からの言葉。

「その明るさで周りのリハビリ頑張っている皆さんのことも明るくしてください。みんなの光になってください。」

という先生の言葉。

「スタッフ全員、猪狩ともかと共にずっと活動していくって気持ちでいるよ。猪狩のやりたいことを叶えたいから何でも言ってね。」

という事務所からの言葉。

「どれだけ時間がかかっても待ってるから。いつでも戻ってこれるようにライブ盛り上げてステージ守るからね!」

というメンバーからの言葉。

そしてファンの皆さん。

劇場で黄色サイリウムや横断幕を掲げてくれて、回復祈願をしてくれたこと。

心を込めて千羽鶴(1209羽)を折ってくれたこと。

皆さんが一羽一羽心を込めて折ってくださったのと同じように、私もベッドの上で一羽一羽数えました。

#いがともちゃんがんばれ

という応援ツイートも見れる限り読ませて頂きました。

きっとハッシュタグがついていなくても心配や応援してくださる声が、たくさんあったと思います。

お手紙もたくさん受け取りました。

皆さんの温かさに何度も救われました。

夜にひとりで不安になったとき、皆さんの言葉が本当に救いでした。

皆さんの気持ちは確実に私に届いています。

心からありがとうございます。

私が大切な節目によく言う言葉、

【希望の光になりたい。】

こうなってしまった今もこの気持ちは変わりません。

脚が動かなくなっても、車椅子に乗りながらやりたいことはたくさんあります。

仮面女子の曲を作詞したいです。

ラジオや講演、司会など、お話する仕事をしたいです。

生きている限り埼玉西武ライオンズの応援をし続けていきたい、野球のお仕事をしたいです。

今回の事故を自分自身のために残すため、手記を本にしたいです。

挙げればキリがありません。

今までとは方向性は変わるけど、何かを発信していきたいという気持ちは何ひとつ変わりません。

そして最終的にはやっぱり、これは“神様の存在”とか“奇跡”という言葉になってしまいますが、脚が元通り動くようになって【アイドルとしてステージで踊りたい】です。

幸せなことに、待ってくれている人たちがたくさんいます。

このことが私の最大の励みになっています。

時間はかかるかもしれません。

元通りは無理かもしれません。

でも必ず笑顔で「久しぶり!」って元気な姿で皆さんに会いたいです。

事故があったあの日、まさか自分がこんな目に合うとは思っていなかったです。

家族も友達も、事務所のスタッフも、メンバーも、ファンの皆さんも、誰も思っていなかったでしょう。

あの日、たまたまあの時間に歩道を歩き、たまたま私が大きな看板の前を差し掛かったときに特別強い風が吹き、看板の下敷きになりました。

もし、看板の前に到着する前に、靴ヒモがほどけて直していたり、誰かから電話が鳴って歩みを止めてお話したり、喉が乾いて自動販売機で飲み物を買ったり、わずか数秒でも手前で何かをしていたら私は事故には遭っていませんでした。

もし、なんてことはないのは分かっているけれど、色んな偶然が重なって私の両脚は動かなくなってしまいました。

でも、命が助かりました。

目撃者のお話によると現場は酷い状況で、命が助かっただけでも有難い状況だったそうです。

私は生きています。

このことだけは何にも代えることのできない神様からのプレゼントだと思っています。

その分試練も与えられたけど、きっと越えられない試練は与えないはず。

よく、ドラマや映画で「明日何があるか分からない、今を大切にしよう。」という言葉を聞きます。

今までその言葉を大切にしてきたつもりではあったけど、改めて本当にその通りだと思います。

だからこれからどんなことがあっても、

向日葵のように上を向いて楽しくて幸せな人生を歩んでいく。

そして毎日を丁寧に大切に生きていきたい。

私は前を向いています。

もう心配しないでね。

これからも猪狩ともかを見守ってください。

そして一緒に歩んでいければ嬉しいです。

この先もずっと、よろしくお願いします。

仮面女子 猪狩ともか

何か知らんけど、涙が出て来るわ。

この状況で、ここまで前向きになれるのも凄いけど、湯島聖堂に対する恨み節が全然ないってのも凄い。

いくら強風のせいとはいえ…

こんな縦2.8メートル、横3.5メートルの案内板が飛ぶんやから、湯島聖堂にもそれなりの過失があると思うんやけどなぁ。

過失がなくても訴えたくなるけど。

まぁ、そういう人やから、こうやって前向きになれるんやろな。

絶望的な状況やけど…

iPSで神経再生に挑む 慶大、脊髄損傷治療で臨床へ

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 脊髄損傷や神経難病など、再生医療の「本命」と期待されていた病気の治療に向けて、iPS細胞を使った臨床研究が動き出す。これまで脳や脊髄の傷ついた神経細胞を再生させるのは難しかったが、iPS細胞がその可
脊髄損傷や神経難病など、再生医療の「本命」と期待されていた病気の治療に向けて、iPS細胞を使った臨床研究が動き出す。これまで脳や脊髄の傷ついた神経細胞を再生させるのは難しかったが、iPS細胞がその可能性を開くと期待されている。

慶応義塾大学は2018年前半にも脊髄損傷に対する臨床研究を始める。岡野栄之教授と中村雅也教授らは10日、学内の倫理委員会に計画を申請した。岡野教授は「(iPS細胞ができる以前の)約20年前から基礎研究に取り組み、ようやく臨床の段階まで来た」と話す。

iPS細胞で脊髄損傷の治療が臨床段階まで来てるみたいなんで、こういうので治療して、何とか復活して欲しいもんです。

何にしても、こういう状況でも「希望の光になりたい」ってのを実践できてるのが尊敬できるし、この前向きな精神力を見習いたいと思います。


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