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田母神論文の是非を考える

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右も左もダブルスタンダード…な、今日この頃。
┐(´~`)┌ヤレヤレ

最近、何かと話題の田母神論文やけど…

論文の中身は、多少「?」な部分もあるけど、おおむね賛同出来るし、現職の大将がこういう論文を発表したのにゃ、それなりの問題提起もあるし、評価出来ると思う。

辞める前提やったらな。

結果として辞めたから、それでええと思うけど、辞める時にアレコレ言うたんがどうにも…

っちゅうのが、個人的な感想なんやけど、これがネット右翼って呼ばれる人間とか、右寄りの人間には、どうも気にいらんらしい。

「言論の自由」を持ち出して、辞めさすのおかしいって言うとるんやけど…

で、左寄りの人間は、シビリアンコントロールがどうの、軍人が「政府見解」に逆らうとは何事やみたいな話になっとるんやけど、お互いよく考えてみるべきやな。

この田母神論文を、日の丸・君が代に置き換えて、公立学校の教師の話にしたら…

左寄りの人間は、「思想・信条の自由」を持ち出して、辞めさすのはおかしいって言うし、右寄りの人間は、「国旗国歌法」で決められてるし、学習指導要領に反してるから当然って言う。

どっちも同じこと言うとるんですけど…

何か、右も左も「自分が絶対正しい」から離れられんのやな。

どう主張してもええけど、お互いもうちょっと「ルール」を把握するべきやろ。

こんなんじゃ、ガキから見たら、「大人は都合良くルールを変える」って見られてもしゃあない。

マスゴミも田母神批判をするなら、ちゃんと日の丸・君が代反対のアカ教師も批判するように。

そもそも、「言論の自由」とか「思想・信条の自由」とか、憲法に保障されとる権利とは言え、「自由」っちゅうもんは、相手が許容できる範囲やないと成立せん。

そうやないと、人を殺す自由もあってええことになる。

ちゅうか、自己満足でええなら「言論の自由」も「思想・信条の自由」も何を言おうが、何を思おうが構わんけど、そんなもんは「なくてもええもの」になってまうからな。

「言論の自由」も誰かが聞いてくれんと、ただの独り言やし、「思想・信条の自由」も誰かが分かってくれんと、ただの妄想になる。

そろそろ右も左も、同じ土俵におりて、きっちり議論する時に来てるんちゃうか。

歴史認識にしても、教科書にゃ両論併記。

それを、生徒同士で議論させて、自分が正しいと思う方を選ばせる。

そうせんと、いつまでも下らん歴史談義から抜け出せんわ。

時事問題
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