PR

台東区浅草の国際通りでレンタカーでひき逃げした田中兼一容疑者は「田中玄」と名乗りラーメン店を運営・プロデュースしている

国際通りでレンタカーでひき逃げした田中兼一容疑者は「田中玄」と名乗りラーメン店を運営・プロデュースしている

横断歩道をノーブレーキでひき逃げした田中兼一はラーメン業界じゃ有名な人なんだそうで。

救護義務よりもレンタカーの返却時間を優先するような奴がつくるラーメンなんか食いたくもないけど。

スポンサーリンク

国際通りでレンタカーでひき逃げした田中兼一容疑者は「田中玄」

Yahoo!ニュース
Yahoo!ニュースは、新聞・通信社が配信するニュースのほか、映像、雑誌や個人の書き手が執筆する記事など多種多様なニュースを掲載しています。
20日夜、東京・浅草で男性がひき逃げされた事件で、男が逮捕された。

自称会社役員の田中兼一容疑者(63)は、20日午後8時ごろ、台東区の浅草駅近くの国際通りで、横断歩道を歩行中の男性(65)をひき逃げした疑いが持たれている。

男性は病院に搬送されたが、意識不明の重体。

調べに対し田中容疑者は、「歩行者をはねてけがをさせたのに、現場から逃走したのに間違いはありません」と容疑を認め、「レンタカーの返却時間が近かったので優先してしまった」と供述している。

警視庁は、事故当時のくわしい状況を調べている。

事故現場とかは

田中兼一容疑者(63)を逮捕 台東区浅草の国際通りでレンタカーでひき逃げ 「返却時間が迫っていた」
レンタカーの返却時間が迫ってたからそっちを優先したって、メチャクチャな事を言うとるな。 こういうのが運転免許を取れて、普通に運転してるってのが、ほんまに怖い。

この時に特定したんやけど、コメント欄で田中兼一容疑者は「田中玄」って事を教えてもらって調べてみたら

https://ueno.keizai.biz/phone/headline.php?id=1024

国際通りでレンタカーでひき逃げした田中兼一容疑者は「田中玄」と名乗りラーメン店を運営・プロデュースしている

これまでに「ラーメン工房めんめん」(千代田区)や「ラーメン創房 一茎草」(荒川区)など数々のラーメン専門店を手掛けてきた田中玄さんが新たに開いた同店。岩塩や麺にコシを生み出すかん水をモンゴルから輸入しモンゴルの遊牧民をイメージしてノマドの名前を付けたた。店舗面積は18坪、席数は14席。

田中さんは、これまで天然素材にこだわりを持ちラーメンを提供してきており、同店でも「ナチュラルスタイルヌードル」をコンセプトに掲げる。「病院食としてのラーメンを依頼され、アトピー患者でも食べられるラーメンを2000年から開発してきた」と振り返る玄さん。その後、マスコミなどで取り上げられ、新宿や五反田などにも店を展開した。御徒町への出店については、「庶民的な街でラーメンを作りたかった。ラーメン激戦区と呼ばれている地域に出店する方が面白い」と自信をのぞかせる。

主なメニューは、モンゴル産岩塩を使った塩ラーメン「玄流塩ラーメン」や「Nomadラーメン」「しょうゆラーメン」(以上780円)など。

「いろいろな食材を使っていきたい。現在はラーメンのみの提供だが、全国から取り寄せた素材を使い、さまざまな料理を提供するレストランのような展開を考えている」と意気込みを見せる玄さん。素材は三重県と提携し、熊野地鶏や、紀伊半島の魚などを使ったメニューを順次提供していく予定。

店舗は、かつて焼き鳥店として営業していた建物を居抜きで使う。1月11日から仮営業を始めたが、グランドオープン後も看板も架け替えていない。「古い看板なので、危なくて触れない状態。現在は布を貼って対応している」と玄さん。「モンゴルにかけて店名を『元』にしようと思っていたものの、近隣にラーメン店の『元福』さんがあったことから現在の漢字を当てた」とも。

営業時間は、平日=11時~22時30分、土曜・日曜=11時~スープが無くなるまで。

ラーメン業界ではかなりの有名人なんやと。

ひき逃げするような奴に「アトピーでも食べられる」って言われても、どこまで信用してええもんやら。

スポンサーリンク

「田中玄」こと田中兼一のプロフィール

http://boku-homepage.com/information/gen.html
父親の稼業である食品問屋を継いだ田中玄氏であったが、自分で食べることすら出来ないものを、お客様に販売することに疑念を頂き、人に提供できるラーメンを作りたいという思いで、食品問屋をたたみラーメン店の開業を決意。

1993年4月秋葉原電気街の裏通りに、4.5坪のラーメン屋『ラーメン工房 めんめん』を開業。化学調味料を一切使用しない”自然派こだわりラーメン”というスタイルで本格醤油ラーメンを提供。開業後半年ほどで、メディアから頻繁に取材される常に行列の絶えない人気店となる。
その後、FC展開事業を始めるも、仕事の質へのこだわりが薄れ、売り上げを伸ばすため仕込みを合理化するなど、本来の道を忘れかけてしまったため「ラーメン創房 玄」と屋号を改名して独立。
2000年からは、店舗展開やプロデュース業を開始している。

2002年5月「ラーメン創房 玄」として秋葉原に移転。しかし、開業当初から悪質な組織が進入をはじめており、気がついたときには「玄」の経営権を奪われてしまう。その結果「玄」の屋号でありながら、コントロール不可能な店舗が増殖し「玄」とはまったく異なる味を提供し始める。
「玄」の責任者として、最後に買収できる限りの店舗を買い取り閉鎖させるも、大きな負債を背負ってしまい、2004年「ラーメン創房 玄(有限会社玄クリエイト)」倒産。

2005年「食材工房 玄」を設立し、1料理人からプロデュース業に専念。
その後紆余曲折はあったものの、様々な店舗をプロデュースしつつ
「NPO法人 GEN Natural Factory」設立、など幅広い活動を行っている。

田中 玄(兼一)氏の経歴

田中 玄(兼一)氏の経歴|らーめん自由区|東京ラーメン図鑑
ラーメン職人 田中 玄(兼一)氏のプロフィール及び足跡の紹介。

横浜FMで

301 Moved Permanently

こうやってインタビューも受けてるようで。

スポンサーリンク

「田中玄」こと田中兼一のTwitter

https://twitter.com/gen_natural/
化学調味料は一切使用せず、

天然素材だけを使い

ラーメンの美味しさ、その可能性に挑戦します。

主に 塩ラーメン、醤油ラーメン、野菜から出汁をとった玄菜麺、豆乳を合わせた女性に人気の豆乳玄菜麺を作っています。

「田中玄」こと田中兼一ののブログ

玄style

何にしても、個人的にはよく知らんのやけど、ラーメン業界ではかなりの有名人のようなんやけど、その名声もこれで全てパァーですな。











事故・交通違反・あおり運転
ぶんぐをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました